チェーンのどこに潤滑が必要か

自動車のタイミングチェーンにも使用されていますが、普通チェーンというと、
バイクや自転車で動力を伝達する方法に使われている金属製のものを考えてしまいます。
基本的な構造は図のようになります。

このチェーンが歯車の役割をするスプロケットの凸部にかみ合い、チェーンを引っ張る力によって
もう一方のスプロケットを回転させることになります。

各パーツは、
ひょうたんのような形の外プレート・内プレート、2枚の内プレートを結合するブッシュ、
2枚の外プレートを結合する2本のピン、
ブッシュの外に自由に回転できるように組み込まれ、スプロケットとのかみ合いに直接接触するローラーという
5種類の部品から出来ています。

シールチェーンの場合は外プレートと内プレートの間にニトリルゴム製(NBR)のOリングが加えられ、
ピンとブッシュの間に入れられた潤滑油(グリース、オイルなど)が飛散しないように、
またこの部分に水・ゴミや砂などの異物が入らないように、設計されています。
下記の図のような構造になっています。

チェーンの損傷は上記図の5つのパーツ間での摩耗・摩擦や引っ張りによる変形・破壊になりますが、
もちろん各パーツは材料、加工法、熱処理のし方などが異なり、十分な機能を発揮するようにされています。
長期使用によって起こる損傷は、
1.プレート、ピンの疲労破壊
2.ローラー、ブッシュの疲労破壊
3.ピンとブッシュの焼付き
4.外プレートとピン、内プレートとブッシュ間のかん合ゆるみ
5.チェーンの静的破断
6.摩擦によるチェーンの伸び
などがあげられます。普通1〜5はチェーンの伝達能力を越えない限り起こらず、
6が潤滑の状態の良しあしによって引き起こされることになります。
6の伸びの許容範囲はチェーン全長の1.5〜2.0%までとされますが、タイミングチェーンなどの場合は
0.5%程度で寿命としているものもあります。
(自動車の場合のタイミングチェーンの寿命はほぼ自動車自体の寿命と同じようになるよう設計されています。)

チェーンはスプロケットの歯とかみ合って、圧力を受けながらすべり摩擦をします。(境界潤滑になります)
一定角度だけピンとブッシュを軸として回転してゆくため揺動も伴います。
ですから、ピン・ブッシュ間での摩耗がチェーンの伸びとなって出てくるわけです。
この摩耗によるクリアランス増加が伸びなのですが、下記のような不具合となって現れることになります。

1).チェーンのたるみが大きくなりますと、クラッチを繋いだ時など、ショックが大きくなったり、
   駆動軸からの力が瞬時に従動軸へ伝わらず、たるみを巻き取る為の駆動軸回転数分だけタイミングのずれを
   発生させる。
2).ある程度以上延びてきますと、スプロケットとのかみ合いが悪くなり、歯先に乗り上げたり、はずれたりする。
3).振動が発生して騒音を発生したり、破壊(チェーン切れ)したりする。
ということで、チェーンの摩耗寿命は潤滑の影響が大きく、「給油が必ず必要」と考えられるわけです。
(当然、スプロケット側も摩耗によってすり減りますので、本来そこにも給油が必要になります。)
給油する場合、潤滑オイルの粘度は手差しや油槽給油では下記のように推奨されています。
チェーン番号 周囲温度−10〜0度C 0〜40度C 40〜50度C 50〜60度C
#50以下の小ピッチのもの SAE10w SAE20 SAE30 SAE40
#60・#80 SAE20 SAE30 SAE40 SAE50
#100 SAE20 SAE30 SAE40 SAE50
#120以上の大ピッチのもの SAE30 SAE40 SAE50 SAE50
チェーンの摩耗の仕方と伸びの対策
初期摩耗:
最近のチェーンは前潤滑=プレ給油されていますが、これによって初期摩耗はほぼ発生しなくなっています。
運動初期のピンとブッシュ面の摺動部に、部品精度や組み付け時の誤差が発生しますと、
局部的に面圧が高いなりますので、その部分が「なじむ」まで摩耗することになります。
なじみが完了すれば、初期摩耗の進行は止まることになります。
強制給油タイプの自動車のタイミングチェーンの場合は0.1%程度の初期伸びが発生し、
約100時間程度で初期摩耗の進行は止まります。
対策としては、ブッシュの真円度・※1タル形・真直度の向上、ピンの真円度・真直度の向上、チェーン組立時の
各部の直行度・平行度の改善、適当なプレ給油などが考えられます。
強制給油のタイミングチェーンの場合は、運転開始時に
ピンとブッシュ間に十分潤滑油が行き渡るような処置を取ることで大幅に改善されます。
1タル形:はブッシュがプレートにかん合されるのでその部分の内径がかん合ちぢみを起こし、
       樽のような形状になった状態をさします。
少しでも初期伸びを抑えようとするなら、タル形を改善するためにブッシュ端部の内径にテーパをつけたり、
内リンクの組立後、ブッシュ内径にホーニング加工を施す必要が出てきます。
定常摩耗:
初期摩耗後の潤滑が良好なチェーンの状態になります。
オイル・グリースなどでの潤滑が完全に行われていれば、この状態が使用開始から終了まで続く事になり
チェーンの摩擦寿命を大幅に改善できる事になります。
対策としては、ピンとブッシュの表面改質処理を向上させて(特殊メッキ処理、ボライディング処理、炭化物コーティング処理)
製品製造メーカー側で対応する事とユーザーのメンテナンスとしての再給油に分かれます。
ユーザーで対応出来るのは後者になりますので、給油する潤滑油の善し悪しや給油時期が大切になります。
潤滑剤の選択には粘度やチェーンに付着する、付着率、が問題になります。
潤滑剤の性能・耐久性は各商品で異なりますし、
バイクの場合、シールドチェーンが多く用いられるようになっていますが、それでも給油は必要ですから
指定された給油時期(500kmから1000km)毎の給油も忘れないようにしたいものです。
ユーザーの管理でもチェーンやスプロケットの寿命に大きく関係してきます。
また、シール材(Oリング)に対する適合も重要ですので、必ずシールに適合しているかを知っておきましょう。
(特にその事が記載されていなければ、普通は適合しているようです。)
遷移摩耗
事前に給油された(プレ給油)チェーンの潤滑油が順次油切れを起こす状態で、
定常摩耗と急進摩耗が混在する摩耗状況。無給油チェーンでは遷移摩耗域は無く、プレ給油チェーンでは
測定データで大体45時間運転したあたりから発生し出すようです。
距離的に考えますと周囲の環境がよい状態でも、平均時速30km/hとすれば
30km/h*45h=1350kmとなりますので、上記シールチェーンの給油時期が頷ける事になります。
潤滑油の切れる理由は、潤滑油自体の消耗・劣化と言うよりも、ほとんどの場合は
ピンとブッシュ間の潤滑油が、摩擦熱により粘度低下を起こし、内・外の各プレート間から遠心力で飛散する事で
起こってきます。
ですから、チェーンに高負荷がかかる運転や高速回転させる運転を行えば、
チェーンの摩耗寿命がそれだけ短縮されることになるわけです。
これを防ぐために様々なチェーンの改良がされていますが、
ほとんどがピンとブッシュの潤滑目的をねらったもので、ブッシュの素材である金属に潤滑油を含んだタイプや
シールチェーンのように潤滑油の漏れ・飛散を防ぐようにしたもの、
また素材自体を潤滑性の良好なエンジニアプラスチックにしてしまったもの(軽負荷用)などがあります。
急進摩耗
ピンとブッシュ間に潤滑油がない状態での摩耗。
ピンとブッシュそれぞれに表面改質処理をすることである程度摩耗を防ぐことが可能ですが、
潤滑油のある定常摩耗と比較すれば、寿命を延ばす効果はかなり低く、すぐに摩耗が始まるため
チェーンは使用時間と比例して伸びて行きます。
遷移摩耗の次に起こる最終的な摩耗段階になり、チェーンの破壊につながります。
上記のようにチェーンの摩耗は進行して行きますが、チェーンの摩擦はスプロケットとも発生しますので、
ローラー・内外プレートとスプロケット間の潤滑も同時にすることが求められます。
スプレーグリースなどを使用する際は、潤滑性と共にグリースの保持性が必要とされ、
チェーン自体、砂塵などが付きやすいので、砂塵などが潤滑油を吸ってしまったり・Oリングの摩耗を
促進させる事も考える必要があります。
勝敗を荒そうトライアルなどでは、ほとんど新品のプレートがちぎれてしまう現象も発生しますが
この場合は上記相互関係とプレートなどの強度に問題点がありそうです。

また、潤滑油に常に浸かっており、摩耗とあまり関係ないと考えられるタイミングチェーンなどの場合でも、
(こういう箇所での「チェーン切れ」はまず考えられないわけですが)
チェーン特有の騒音が走行距離と共に発生する事をしばしば経験しています。
長時間放置後のドライ状態をくり返したりすることや、エンジンオイル中のススやスラッジなどの不純物が
摩耗の進行を早めたりもしているわけですが
潤滑油の善し悪しでも騒音の出方が変化するようです。
長期使用を考えられる方にとって、良質なオイルや添加剤の利用は質的な向上になるかも知れません。



参考文献「トライボロジスト」Vol.43/No.2/1998

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