モリブデンと有機モリブデン

普通、モリブデンというと二硫化モリブデンを指します。
有機モリブデンとの大きな違いは二硫化モリブデンが不溶性で 不活性でカーボンブラックのようにオイルの中では”浮いている物質”と
いうことです。
対照的に、有機モリブデンの方は、オイルにかなり溶け、化学反応を起こすなど反応的です。
その潤滑の仕組みは理論的には解明されていませんが、
反応によって有機モリブデンが二硫化モリブデンを生成し、極圧剤として 作用しているのではないかと思われます。
しかし厳密に言えば、固体潤滑剤としては「化学反応生成による極圧剤」としてではないので、極圧剤と言うのは違うかも知れません。
摩擦低減と摺動部の直接接触の頻度を減らす効果が主となります。
いわゆるフリクションモデファイアー(FM)と言われる類になり、潤滑剤の摩擦特性を好ましいものに「調整する」
という事になります。
2次的に油温低下、耐摩耗、耐加重能が向上する事になります。
(この意味ではFM剤は油性向上剤・極圧剤・固体潤滑剤を大きな枠では含んでいると言えます。)
比較しながら有機モリブデンについてみてみます。

1.歴史

潤滑用としては、1958年にイオウを含んだ化合物としてモリブデンキサンテート が報告されてます。
最初はアメリカで潤滑油用として研究され始め(1965年)、 化合物として多数の特許が出されました。

本格的に研究されたのは第一次石油ショック以降で、エクソン、モービル、 アモコ、テキサコ、などがオイル添加剤として、
添加剤メーカーのバンダビルド社、ルブリゾール社、エルコ社が新しい有機モリブデン の開発研究に入りました。

日本では、旭電化工業梶A三洋化成工業鰍ェ開発研究を進め、商品化しています。
つまり、有機モリブデンも開発途上であり、商品としても性能の差があると言うことです。

2.化合物の分類

代表的な有機モリブデンとして2種類紹介します。

 1)硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン

 

 2)硫化オキシモリブデン・ジアルキルジチオリン酸塩


 
 
モリバンA モリバンL
物理的形状 粉末 液状
色相 黄色 暗色
密度25度C 1.58 1.08
粘度100度Ccst
引火点度C 165

3.特性

潤滑性能面からは次のような性質を持っています。
 
  上記の効果はオイル中のZnDTPと協力関係にあり、単独の効果よりも摩擦係数を 下げます。これはZnDTPが下地にリン酸鉄を作りその上にMoS皮膜をつくる からと思われます。

 ●図1.MoDTCとMoDTPの振子型摩擦試験機による評価(摩擦係数の評価−下がるのがわかる)

 ●表1.高速四球試験機によるMoDTCの評価(油温の上昇の評価−上がりにくい)
 
 
添加剤 濃度(ppm) 摩耗こん 上昇温度−度C
MoDTC Mo 300 0.452 15
ZDTP P 500 0.429 27
なし 0.670 42

注:基油−150ニュートラル、回転数1500rpm
荷重−32Kgf、油温80度Cに予め設定後測定、測定時間30分

●表2.シェル四球試験機によるMoDTCの極圧性の評価(溶着−ロックするまでの荷重が上がっている)
添加剤 濃度(%) 溶着荷重(kg)
MoDTC 315
二硫化Mo 250
ベースグリース−注 160
注 12−ヒドロキシステアレートグリース

●有機モリブデンは熱により分解して二硫化モリブデンになります。

1回目は200度Cで脱アルキル化によりオレフィンを生成し、
2回目は295度C前後で残っている配位子が分解し二硫化モリブデンを生成します。

●酸化防止性についてはZnDTPと類似する過酸化物分解型です。
酸化防止効果があります。


 

資料提供=SUMICO、旭電化

4.問題点と今後

有機モリブデンは一般にオイルに添加して使用することが多いので、
その溶解度が問題になります。
MoDTCと比較して、MoDTPの方が良く混ざるのですが、
成分にリンが含まれるため 排気ガスの触媒を劣化させる可能性が高く注意が必要です。
さらに腐食性があり、オイルに入れる特は 腐食防止剤の併用などの工夫が必要です。
また高熱がかかる金属部には、摺動面でなくとも二硫化モリブデンに変わりますので、
多量投与によって金属面に黒色皮膜を形成することも確認されています。
ただし、オイルに添加する場合は、少量ですからそれほど気にすることもないかもしれません。
(大量投与はあまり好ましいとは思われませんので注意が必要です。)

Moは産出国のかたよりがあり(アメリカなど)、資源としては希少の部類に入ります。
あと50〜60年位しか無いものと思われます。資源の少ない国として確保が必要とされる鉱物です。
今後、研究開発が進み、品質改良されて、水系や合成油系にも使用出来るようになれば、
省エネの面からも MoS2と共に利用価値が高まるものと思われます。
有機モリブデンが添加剤として使用されているのは、20世紀までではほとんどが北アメリカ製オイルか
日本の低粘度オイルとなっています。
ACEA規格のオイルの場合ZnDTP系の添加剤が主流で、二硫化モリブデンは使用されることがありますが
通常は5w−40あたりのオイルでも使用されてない傾向にあります。
生産国がアメリカと日本である事もひとつの理由ですが、
生産コスト削減などが進み、将来的にはヨーロッパ製オイルにも入れられる傾向と思われています。
規格などによって添加剤の違いがあると言うのも興味深い事と思います。

 また、アデカ(旭電化工業梶jさんの資料から、現在、より大きい油溶性のミクスチャーMoDTCや
非リン、非硫黄系のMo−アミンコンプレックスのモリブデン化合物の開発に成功しています。

5.鉱毒性

鉱毒性について・・・

Mo自体、人間の体内では必要な重金属ですが、ほんのわずかです(特に肝臓に0.2mg前後)。 有機モリブデンの商品が数多くある以上、それぞれのデータを見る必要がありますが、 一般的には、まず、毒性の低い化学物質とはいえます。
多量に摂取すると、貧血、不妊、骨粗鬆症などが起こり、また銅と拮抗関係にあるため、銅欠乏症がおきます。

 一応、発がん性ではありませんが、オイルの方に発がん性(皮膚ガン)がありますので注意が必要です。          

6.添加剤としての有機モリブデンと二硫化モリブデンの違い

添加剤として自動車メーカーのオイルに最初から入っているのは、有機モリブデンの方です。 結果的に上記のように二硫化モリブデンになるのですが、オイル中にとけ込んでいるということが、 エンジンに悪い影響を 与えないため使用されています。
オイルにとっては、「固体潤滑剤」も「ダスト=ゴミ」と同じように扱われます。

 有機モリブデンはオイルのない状態か、分子レベルで800度Cから1000度Cになって 初めて効果が出てきます。
金属が触れ合う接点下で、金属が溶けるレベルの温度近くになって反応を起こすため、その”配合量”はごく僅かで済みます。
(逆に添加量が多い事の方が悪い場合もあります。)
結果として二硫化モリブデンに変化したとしてもわずかな量にとどまります。
反応しない分はオイルに溶け込んでいますので、必要に応じてしか固体に変化しません。
(高熱部金属には摺動部でなくとも反応することは上記に記載しています。)

 ですから、二硫化モリブデンのように沈殿したりしないということになり、オイルにとっては”ゴミ”扱いされないわけです。
(ただし、コストが高いことと、3000−5000kmぐらいで摩擦低減効果が無くなってしまうことが今後の課題でしょう。
もちろん役目を果たした有機モリブデンは固体の二硫化モリブデンに変わるわけですから、劣化成分として扱われます。)

基本として自動車メーカーでは、添加剤として二硫化モリブデンのような「固体潤滑剤」 (”セラミックス”や”テフロン”なども含まれます。)を使用しての エンジントラブルについては保証していません。
オイルより重いためオイルパンに沈殿したり、ジャーナル を詰めてしまったりするからだとも言われています。実際にそういう例もあったそうです。

 二硫化モリブデンはグリースにとっては分離したり沈殿したりしにくいので効果的なのですが、 オイルにとってはまるでゴミ扱いです。しかしこれにはユーザーの責任もあります。 ほとんどの場合、効果ある使用量よりも”多く入れすぎている”からなのです。


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