摩擦する固体の表面での化学−その3

境界潤滑の考え方

・1.固体表面エネルギー
・2.物理吸着と化学吸着
3.表面温度
4.耐摩耗膜の構成
・5.トライボ化学とメカノケミストリー
・6.ケモメカニカル効果



3.表面温度

燃料が燃えて酸化反応をスムーズに行うことも、気温(と発熱)の関係が大きくなりますし、
プラグの放電−火炎伝播にも熱が関わります。
オイルの酸化や添加剤の劣化にも熱が関わってきます。
そして、
摺動面の潤滑においては、その「」が非常に大切な要素となり、
固体表面の化学反応に重要な影響があります。

摩擦による「発熱」は、温度上昇として、次のように区別され、複雑に関わり合います。
1.バルク温度上昇
2.温度こう配
3.局部的温度上昇、閃(せん)光温度

摩擦による温度上昇はまず、部分的な温度上昇や閃光温度から始まります。
バルク温度のバルクとは大量とか大部分とかと言うことですが、この場合、摩擦面本体の温度
ということで、歯車などの接触部付近の潤滑油温度は、ほぼバルク温度と同じ温度となります。

境界潤滑では、表面の凸凹などの荒さによって、部分的な温度が上昇し、
それが対流や伝導、または輻射によって
システム全体(材料・オイル等)の温度を上げることになります。
表面の凸凹が関係しない場合は、EHL領域の潤滑ですが、
この場合は粘度増加とそれのせん断によって油温の上昇が起き、全体の温度が上昇します。
どちらも表面温度を上げ、界面活性物質の化学反応に大きく関わり、
そこでの化学反応は強化され、予期できない反応も起こりうると言うことになります。


もちろん、境界潤滑においては、表面温度が著しく高くなります。
閃光温度も潤滑油の種類により異なりますが、
ギアの場合、260度C〜760度Cまでの範囲に大体あると言えます。
その温度は、化学反応による表面での反応生成皮膜の形成温度と密接な関係があり、
随分解明されるようになってきました。

4.耐摩耗膜の構成

荷重が強くかかったり、温度上昇によって油膜がとぎれたりすると、
流体潤滑をしていた油膜(EHL油膜)が部分的になったりし、境界潤滑まで入りますと、
もはや、油の粘性とは無関係になりますので、
すべり合う2つの表面に強い「物理吸着膜」や「化学吸着膜」が必要になります。

エンジンオイルの場合も、金属表面で融着して、焼き付きに進行するより、
潤滑油添加剤との反応による「耐摩耗性膜」が、
金属の融着を表面エネルギーの小ささで2つの金属の融着を防ぎ、せん断強さを低下させ、
緩和作用によって表面を平滑化させ、
大きな摩耗に至らなくすることが期待されます。

つまり、一般的に金属表面は大気中に於いて、必ず酸化膜を形成したりしていますし、
金属自体が不純物を含んでいたりしますので、
純粋に同一元素で構成された表面ではありません。
ですが、摺動部の摩擦にとって、金属間にこういった化合物があることの方が、
摩擦係数も低いと言うことがわかっています。
そして、潤滑油は混合潤滑に於いてはその化合物を有効に利用し、
融着を積極的に防ぐように考える事によって、2つの固体の表面を分離する(=摩擦・摩耗を減らす)工夫が
されていることになります。

この耐摩耗膜は2つのカテゴリーに区別されます。
 

  • A:油溶性の潤滑油添加剤
  • B:不油溶性固体=固体潤滑剤

  • A:油溶性の潤滑油添加剤

    1.油性剤・・・長鎖の有機極性化合物で、分子の末端に極性基をもつもの。
              −COOH、−OH、−NHなどを持ち、金属表面に緻密な膜を作ることで、
              2つの金属間の接触を防いでいる。
              したがって、高い表面エネルギーをこれらの低エネルギー表面にとするわけで、
              摩擦は(例:メチル基)1/10〜1/20に減少し、摩耗は1/20000に減少させる。
              ただし、熱に対しては十分強いとは言えず、高温下では金属表面から離れてしまう。

                  油性剤としては、高級脂肪酸、高級アルコール、脂肪族アミン、アミドエステルがこれになり、
                  エステル系オイルなど、極性を持つと説明されている場合、それらがこの役割をしています。
     
    2.耐摩耗添加剤
          ・・・AW剤とも言われ、境界潤滑において、添加した効果が摩耗減少に有効である物を
              指して言います。 普通リン系化合物を含み、3.の極圧剤(EP剤)には主として、
              イオウ系化合物を含みます。ただし、厳密な分類は難しい。
              耐摩耗剤にはイオウ、リン、亜鉛などを含む化合物が多く使用される。       
            
    3.極圧添加剤
          ・・・EP剤とも言われ、イオウ、リン、塩素、有機金属などの化合物を含みます。
              表面損傷を起こす前に「不油溶性の耐摩耗性膜」を表面金属に反応して作ります。
              イオウ・リン・塩素で比較すると、
              1.塩素>リン>イオウの順で反応性は早くなり、
              2.逆にイオウ>リン>塩素の順で耐加重能は高い。
              3.反応性が早く、耐加重能が高くなると金属腐食が激しくなる。
              4.使用する金属によって反応性が異なる。
              と言う事が出来、反応性と耐加重能を発揮してほしいところの領域を最適にすることが
              潤滑油の善し悪しを決める事にもなります。
    B:不油溶性固体=固体潤滑剤
     
    グラファイトや二硫化モリブデン、あるいはセラミック粉末(ボロン系を含む)、PTFE、微細金属粉などで
    油中に溶けず、浮遊している粒子が摺動する2固体間に挟まることで、直接接触を避ける事になり、
    摩擦を減少させることをねらいとします。
    固体潤滑剤は、普通、摺動部の金属表面に化学反応を起こして定着すると言うより、
    (一部化学反応を起こす固体潤滑剤もありますが)
    物理的吸着膜に入り、2個体間の表面に挟まることで、金属の直接接触を避け、溶着を防ぎます。
    ですから、固体潤滑剤自体の硬度が高いと、金属表面を研磨する事になりますので、
    金属表面の硬度より「非常に柔らかい」固体が添加され、沈殿による分離を避けるため、オイルにどれぐらい
    浮遊していられるかが問題となります。
    それでも、一部研磨剤的になることは避けられないことと思われます。
    また、硬度の固いタイプは、研磨作用による「表面処理」を目的とします。
    成分が固体粒子ですから、同じ固体潤滑剤でも、その粒子の大きさが摩擦係数や摩耗に深く関わっていますので、
    表面の精度に対応した粒子の大きさや、摩擦係数を考慮する必要があります。
    自己潤滑をするものが多くあります。
    使用される箇所はエンジンだけとは限りませんが、
    中程度より低い負荷のかかる箇所が適し、液体を使用する条件に適さない箇所に多く用いられています。
    特に使用頻度の少ないところにも適していると思われます。
    宇宙での使用にはその環境的要素もあるため{無酸素、低温〜高温の幅が広い(−100度C〜900度)など}
    固体潤滑剤が多く用いられています。
    下記に現在使用されているものを上げますと(参照:トライボロジストVol.44/No.5/1999)
    軟質金属:金、銀、鉛、インジウム、バリウム
    層状物質:二硫化モリブデン、二硫化タングステン、ヨウ化カドミウム、ヨウ化鉛、二セレン化モリブデン、
           (インタカレーションした)グラファイト、フッ化グラファイト、フタロシアニン
    高分子材料:PTFE、ポリイミド、FEP(fluorinated sthylene−propylene)、超高分子ポリエチレン、
           PEEK(polyether ketone)、ポリアセタール、フェノール樹脂、エポキシ樹脂
    他の低せん断材料:Ca、Li、Ba、希土類のフッ化物、Bi、Cdの硫酸物、Pb、Cd、Co、Znの酸化物
    「超潤滑MoS2」は一般の「スパッタMoS」と比較すると
    摩擦係数が10−3オーダーと低いが(スパッタMoSは10−2オーダー)、
    空気への暴露により被膜に酸素が吸着して従来と変わらない特性になってしまいます。
    また、ボロン系の場合は無酸素下では、被膜が好ましい特性を発揮しないため、宇宙には向かない固体潤滑剤
    とされたと言うように、
    使用される「環境の雰囲気」で、添加剤も異なると言えます。
    また、単独の固体潤滑剤が良好な効果をもたらす場合でも、他の添加剤との共存下では、
    相乗効果が必ずしも得られるとは限りません。
    これは他の添加剤成分と摩擦面下で競争するように吸着がなされるため、
    固体被膜形成が阻害されるためと言われています。
    そのため、添加する際は共存する添加剤同士の性質や相互作用をよく知った上で使いたいものです。
    普通、そういったテストが出来ないわけですから、
    製品としての「添加剤」は「一緒に使用しない方が無難」と言うことにもなります。
    耐摩耗膜の分析
    金属表面にどれぐらいの厚みで耐摩耗膜が生じているかや、その組成解析は、
    技術の進歩により年々精度を増しています。
    表面構造の分析では古くはX線や電子線回斥により行われ、低速電子線回析なども使われるようになりましたし、
    表面の形では走査電子顕微鏡が用いられ、その化学的分析では分光分析法などが用いられて、
    原子レベルでの分析が出来るようになっています。
    どういった分析が出来るかは専門書に詳しく書かれていますのでここでは割愛しますが、
    荷重の増加にしたがって、反応生成物の組成が変化したり、
    添加剤成分の濃度や時間経過によって反応膜の深さが変化する事も報告されています。
    {AESオージェ電子分光分析による反応膜の深さはイオウ系(DBDS二硫化ジベンジルなど使用で)
    20−40nm程度です。}
    表面膜の潤滑効果は、
    摺動部回りの環境(=酸素があるか無いか、水の存在や共存する界面活性物質の有無)
    によって変わり、
    ・その表面の吸着活性と化学的活性
    ・膜厚
    ・せん断強さや硬さ
    ・凝集性
    ・接着性
    ・膜の融点
    ・膜の基油への溶解性
    が重要な因子となります。
    これらの因子が一つずつ研究されてデータとして報告されるようになってきましたが、
    方向性は見えていても、いまだ門外漢にはわからない実状が多くあり、
    さらには環境問題などの社会的要請も絡んできますので、
    具体的な資料を待つことになります。
    1.金属の化学活性(パーセントd特性)は摩擦係数と良く相関する。
    2.固体表面の酸化物皮膜は(化学活性はその金属より低いため)摩擦係数を激減させ、潤滑効果を持つ。
    3.油性剤、界面活性剤などが金属の表面に分子層を形成すると摩擦係数を1/10程度まで低下させる。
    4.境界膜の膜厚と膜構造によって分子の空間構造が変わる
    5.表面構造がトライボロジー特性に影響を与え、
      摩擦よる境界膜構造の変化(単結晶のアモルファス化や金属の配向構造出現)と言う表面構造の変化が
      起きることでダイナミックな変化が起きる。
    6.7.8.・・・・。
    荷重の変化と時間変化によって、鉄酸化膜の、FeO4がα−FeOに変わる様子。
      
      
    資料:共立出版「トライボロジー」桜井俊男、広中清一郎1991、p57 

     


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