c.伝熱機能
燃料の燃焼によってピストンの一番上の面が熱せられると、その熱はピストン各部や、
ピストンリングを伝わって、オイルへ受け渡されます。
もちろんオイルもシリンダー外壁などから冷却水やエンジン各部に放熱し、
最終的に運動エネルギーにならない熱量は、大気へ放出されます。
放熱できないとエンジンは
・オイル消費増加
・スカッフィング−焼き付き
・リングスティック
が発生し、最終的にはエンジンは壊れてしまいます。
燃料の発熱量のうち、約5−10%の割合がピストンに伝わるわけですが、
頂点部で約300度Cにもなり、トップリング周辺部では210−230度Cの高温になっています。
シリンダーに受ける熱量の約70%はトップ・セカンド・オイルリングなどを通って、シリンダーへ流れますが、
それでもシリンダー部の温度は110−140度Cぐらいになっています。
<放熱できないと起こる影響>
・オイル消費増加
オイルにはシングルグレードとマルチグレードがあります。
シリンダー中央部で100度C以下では粘性もあり、蒸発もしにくいわけですが、
120度Cを越えてきますと、シングルグレードよりも、マルチグレードの方が、
オイル消費が増えるというデータがあります。
上記グラフの場合、多分すべて鉱物油によるものと思われますが、
シングルグレードのSAE10は150度Cでは10w−40や10w−50と同じ
オイル消費量になっています。
ですから、そういった走行をされる場合、マルチグレードでは上が40や50ぐらいあったオイルを
使用する事が、オイル消費を少なくする対策にもなります。
ただし、あくまでも「オイル消費について」のデータでは、と言うことになります。
焼き付きに関しては、冷却水を含むその機構の問題の方が多く原因がありそうですが、
ピストンの熱をまず最初に受け渡す媒体がオイルと言うこともあり、
この面での潤滑性能も関連してきます。
オイルや添加剤による冷却性能は摺動部表面の放熱と発熱防止がどれだけうまく行われるかで、
油温を下げることが可能となり、オイルそのもの自体の劣化にも関係してきます。
・リングスティック
リングスティックとはリングの動きがオイルの粘度低下、スラッジなどの堆積などで動けなくなることですが、
これにより、ピストンの気密がうまく行われなくなり、出力低下やオイル上がりを起こします。
また、ブローバイガスの増加によりオイル劣化を更に進行させます。
サイドクリアランスの大きさで、このスティックの起こり易さは変化するのですが、
高温での使用が多い場合が問題となりそうです。
オイルの性能向上と、オイル管理が適切に行われるようになり、最近はあまり見受けられなくなったように思われます。
ただ、エンジンの高性能・高出力化はオイルにますますシビアーな状況を作り出していますので、
注意したい事柄の一つです。
オイル側の傾向としては、高温での蒸発・酸化・炭化(スラッジ化)しにくいベースオイルを使用するとか、
酸化抑制を兼ねた添加剤や清浄分散剤の性能向上が期待されます。
2.張力と摩耗の関係
新品のリングは「すり合わせ」によって、理想的輪郭に自動的に形成されますが、
どういった作用によるかはまだ明らかになったと言えないようです。
ただ、摩耗によってそれが形成される訳ですから、
リングの張力とは関係が深く、リングの摩耗耐久性にも関わっています。
耐久性としては、
一般的にピストンとピストンリング、またシリンダーの摩擦力は張力の大きさに比例していますので、
リングの張力はすくない方が耐久性は向上しますが、
別のページでも書いてあるように
摺動する金属の組み合わせ方によっても影響されます。
例えばクロムメッキやモリブデンコーテイングのピストンリングは硬く、融点も高く、耐摩耗性が優れていますが
クロム同士やアルミ同士にするとすぐ焼き付きを起こしてしまいます。
ともかく、同一形状であれば、金属の材質を考えた上で、
耐摩耗性に優れたコーティングを施すのが普通です。
それで、矩形であるピストンリングが真円のピストンに挿入されるわけですから、
形状から考えて、摩擦力に関係するのは面圧の設定になるのですが、
自動車では0.15〜0.20MPaぐらいが適当とされています。
で、ほぼ定まりますので、これに金属の材質が加わり、
面圧が決められることになります。
傾向としては低張力のリングを使用する方向へ向かっているようです。
3.ピストンリングの材料と表面処理と摩耗の関係
リングの金属材料は、
ねずみ鋳鉄→球状黒鉛鋳鉄→炭素鋼、シリコンクロム鋼→マルテンサイト系ステンレス鋼
へと変遷してきていますが、
一部、軽量化の追求(レース用途)として、チタン合金も使用されています。
<機械的特性>
リング材のばね特性が、気密・伝熱作用・潤滑油膜厚さの制御に関わりが大きいため、
弾性率が問題になります。(鋳鉄、スチールの場合80〜200GPaの範囲)
また、組み付け時の折損を考え、材料の強度としてはリング抗力(抗折力)や、
摺動時の様々な圧力や応力に対して、疲労強度も重要になります。
疲労強度は、引っ張り強さに比例し、表面処理の方法によっても影響を受けます。
現在はスチールが主流となっていますが、クロムメッキよりも窒化処理の方が疲労強度は向上します。
<摺動特性>
1.耐摩耗性.
摩耗する箇所は、シリンダーと擦れあう外周だけではなく、相手となるシリンダー、ピストンのリング溝、
リング自体の両側面になるため、それぞれに対する摩耗を考えて、設計されることになります。
ただ、セカンドリングを除いては、
初期状態では、リング材料自体が直接シリンダーと摺動する事はなく、
メッキ、溶射、窒化、PVDなどの「表面処理膜」との組み合わせで用いられていますので、
それぞれの表面処理膜の特性に依存しています。
ただし、リング側面とリング溝との摩耗には材料の摺動特性が影響します。
このため、摩耗が問題となるリング側面にはクロムメッキやガス窒化処理が多く用いられています。
2.耐スカッフィング性.
トップリングは、上死点付近で潤滑油の供給が不足したり、高温の燃焼ガスにさらされたり、
燃焼ガスの背圧による摺動圧力の増大など、きわめて厳しい条件にされされますので、
リング−シリンダー間に金属接触がもたらされ、高い耐摩耗性と耐スカッフィング性が要求されます。
現在の対策としては上記、表面処理皮膜によっているものがほとんどになります。
耐スカッフィング特性としてはスチールよりも鋳鉄が優れています。
3.耐食性
リング製造工程・保管のため、リン酸塩皮膜処理や四三酸化鉄処理などの化学的表面処理をされ、
ガソリンエンジンではほぼ問題になることはないようです。
ディーゼルの場合、ブローバイガス中のイオウ酸化物がクランク室中の水分と反応し、
亜硫酸・硫酸を作るので、腐食の原因となります。
燃料である軽油の脱イオウ処理により軽減される方向へ向かっています。
<熱的性質>
高温に長時間さらされると、リングはクリープ現象を生じ、張力の減退が起きます。
そのため、耐熱性は「JIS B 8032」によって減少量比率を評価されています。
鋳鉄製リングの耐熱性は300度Cが限度になり、
高熱負荷エンジンではスチール材が用いられることになります。
ねずみ鋳鉄
自動車用として、ねずみ鋳鉄はトップリング用としては強度不足になり、現在の所、セカンドリングに限定されています。
ステンレススチールと比較すれば、耐スカッフィング特性は良好ですが、
いずれにしても、クロムメッキ等の被膜は必要なためです。
耐摩耗性に影響する因子は、含まれる黒鉛組織(の自己潤滑性)とフェライトの析出がないパーライトマトリックス組織になります。
強度が低いため、どうしてもリングの厚さが薄くできないため、現在は次にあげる
球状黒鉛鋳鉄やスチール材になっています。
球状黒鉛鋳鉄
ねずみ鋳鉄の2倍以上のリング抗力を持つため、ディーゼルエンジンのコンプレッションリングや
モーターサイクル用のコンプレッションリングに使用されています。
普通はクロムメッキをされます。
マグネシウム、セリウム、カルシウムなどが黒鉛球状化を有するため添加され、
フェライトの発生を抑えるためマンガン、クロムなどを添加している
強度、耐摩耗性向上のためモリブデンや銅の合金元素を添加したものもあります。
スチール
組み合わされる表面処理の種類によって
炭素鋼・シリコンクロム鋼・マルテンサイト系ステンレス鋼に大別されます。
また、オイルリング用エキスパンダーにはオーステナイト系ステンレス鋼が用いられます。
炭素鋼・シリコンクロム鋼
マルテンサイト系ステンレス鋼
オーステナイト系ステンレス鋼
4.
5.トラブル事例と対策