気密性とオイルの粘度による抵抗

オイルは燃焼室の気密性を保ち、摩擦による熱エネルギーを押さえ、機械の摩耗を減らすことを
考えて作られています。

 最近の傾向はオイルの粘度(=堅さ)を下げ、オイルの抵抗をなくすことで、
更に、省燃費性を向上させようとするようになってきています。
ただし、オイルの粘度の違いだけで現れる実際の燃費の差は「2%」を越えることはないだろうと言われています。

 ここではオイルの油膜の厚さによって考えられる、エンジンの出力向上と、 オイルがピストンその他の運動を止めようとする抵抗の関係について考えてゆきたいと思います。
 
 

気密性を優先させるか抵抗を減らすか

実際のエンジンでは、混合気を吸う時に、ポンピングロスが伴います。
例えば、アイドリング時のガソリン車ではインテークマニホールド内の気圧は0.2気圧前後になります。
これは、スロットルが閉まっているため、外気が自由に入らないためで、60km/hで定地走行している場合でも 大体似たような気圧になっています。

 低い気圧の混合気を吸い込もうとすると、高い気圧の側から低い方へ押す力が働くため、
吸入行程では爆発で発生したトルクを減らす力が生じています。
この損失はピストン内部の気密性が良ければ良いほど強く発生すると思われます。

 しかし、この損失を減らす働きをするピストンの気密性が悪いと言うことは、この吸入行程で、混合気以外の空気がピストン内部に 混入すること、また、充分な混合気を吸入できない事ですから、せっかく爆発するのに適した混合気 が作られていても、燃料と空気量の割合が崩れることになり、 圧縮がうまくいっても、ちゃんと爆発してくれるかどうか判りません。
コンプレッションが悪くなると、逆に圧縮−爆発行程で問題が起きることになります。

 エンジン回転数1500rpmあたりでの薄い気圧の混合気を吸い込むためのエネルギー損失(ポンピングロス)は、爆発で生まれる エネルギー全体の約1/4ぐらいに当たり(冷却損失など除く)、
更に、摺動部(動弁系やシリンダー部など)の摩擦が1/4ぐらい加わるため、 実際は60km/hでは運動エネルギーの半分しかパワーが出ていないことになります。
1/5の負荷で、更に1/2が摩擦損失になるわけですから、きわめてロスが多いガソリンエンジンと言うわけです。

ちなみにこのとき60km/hで自動車を巡航させるパワーは5psぐらいでして、フリクションの方は10psぐらいあり、 フリクションの大きさが目に付きます。
これは、元々エンジンは、スロットル全開の最高の出力状態のエンジン設計での開発をしてから、 (それでは自動車にならないので)アイドリングなどの回転数へ出力を 減らしてゆくわけですから、仕方ないことらしくも思えます。

 アクセルを踏むとエンジン回転数があがるのは不思議な現象ですが、元々設計された出力(回転数)にスロットルで戻すだけですから 出来ることなのです。(ディーゼルは別のしくみ)

連続して吸気をするため、ある固有回転数(慣性脈動吸気)では大気圧よりも高い吸気(体積効率)が 出る場合があるのですが、もちろんこれは、相当回転数の高い場合の話しで、市街地走行では滅多に出ない回転数である場合が 多いと言えます。
この時の回転数が低ければ良いというわけで、最近は低速を重視したチューニングがされる傾向が強くなっています。
その代わり最高速は伸びませんが、使い勝手の良いエンジンが出来ます。
で、シリンダーとライナー間には50ミクロン程度(注.1)の隙間があり、その隙間にオイルが入り込んで気密性を 高めているのですが、
オイルの粘度が、抵抗となるか、 爆発時のコンプレッション増加となるかは、 その隙間にオイルがどう関わるかにも、よるのです。
(注.1)この隙間がはっきりしていないのです。ある資料からは20−30ミクロンと言われ、
     別では50−120ミクロンとも言われています。
     ただ、その都度エンジンオイルは適正な油膜を保持できる粘度が選ばれているはずで
     これはエンジン設計者に聞くしか仕方ないでしょう。
 

粘度とフィーリング

一般的にテストされている粘度のデータは、エンジンの暖機も済ませ、オイルとして適正な油温になってから
行われているわけですが、普段使用して感じるフィーリングというのは、エンジン始動直後から始まりますので、
低温時のオイルの粘度は特に硬く感じられます。

 エンジンの出力があまり出ていない回転数ですので、少しの粘度でも抵抗感が増します。
また、走行距離が短い運転では「中低温」のオイル状態で走行していることが多く、まだまだオイル粘度もあり、 粘度が少なくなる高温での運転は滅多にしてないと言えるかもしれません。

 この比較は冬の始動時に分かり易く、各粘度のオイルの代表性状に書かれている40度cの数値よりも、もっと堅さに 違いが出てきます。 (エンジン各部の低温による影響もあります。) この堅さは、”Y”さんのHPのグラフを 参考にしてください。
また、油温が40度cの粘度と80−100度cの粘度との比較をすると差がはっきりしています。
低温時で動粘度を比較すれば、粘度による燃費・加速感ともかなり違ってくるのです。
走行テストでは暖機後の80−100度cで比較されますので、定地走行での燃費の差はそれほど出ず、 加速・レスポンスなどによるオイルの抵抗の差だけが体感できます。
油圧計装着車なら、数値で経験的にわかります。

 オイルの粘度とその粘度抵抗はレオロジーで扱われ、まだ十分勉強できていませんが、このときの傾向としては
ポリマー自体の大きさや非ニュートン粘弾抵抗の違いなども入り、 オイルの粘りとその抵抗は必ずしも比例していないようなのですが、
ものを動かすわけですから、そこに摩擦に関係する事柄が生じていても不思議ではありません。

 この事は、僅かなのですが、エンジンでの燃焼技術にかかるコストと比較すれば(費用対効果)、
この省燃費効果は 環境対策としても有効になります。
更に、粘性がエンジンの加速性能さえ左右するとなれば、気密性と考え合わせた上で、 他の添加剤も 使用することにより、
体感度はかなり変化すると思われます。
 
 

蛇足ながら、圧縮比が高いエンジンはトルクが低回転側にあり、低いエンジンは高回転側に トルクが出ます。
過走行車がエンジンのふけが良く感じられても、最高速が伸びないのは最高出力におけるトルク不足のせいですが つまり、圧縮低下に原因があるように思えます。
この場合、高粘度オイルで圧縮が多少なりとも改善できますと、ふけが悪くはなりますが、トルクは上がり、 最高速も伸びると思われます。
と言うわけで、新車に指定粘度を大幅に上回る高粘度オイルを使用しても、さほど最高速には変化は出ません。 かえって抵抗になることすらあり得ます。
ポリマー系などの硬いオイル添加剤のデータは間違いなく、「新車」では行いません。
使用目的から言えばクリアランスが広くならないと効果が出ないからです。

粘度とピストン部のクリアランス充填効果

上記「2%」の向上以外に、ピストン・ライナー間、メタルベアリング などのクリアランスを
オイルの膜で密閉させることで、境界潤滑から流体潤滑へフリクションを減らし、パワーロスをなくすような効果も エンジンオイルにはあるのですが、
どのぐらいの油膜の厚さが良いのでしょう。

 体感的に言えば、粘度が高いオイルは始動時はエンジンのフリクションになっていることが感じられ、
高温、高速回転させたときは、充分なパワーが引き出されているように感じられます。
また、過走行車の場合や、年式が古い場合も、やや堅めのオイルが好まれ、オイル消費低減に効果があります。

 反対に最新型になればなるほど、低粘度オイルが指定されていますし、始動時のエンジンの軽さや、 オイルのポンピングロス低減など省燃費にも貢献しています。

別のページ(フリクションのグラフ)にも書いていますが これは、エンジンの暖まった状態で、十分粘度が柔らかくなったオイルでのフリクションロスで、
高温時には粘度も低下し柔らかいのですが、
ですから柔らかくなりすぎたりすると、そこへ圧力が掛かったとき油膜が切れてしまったり、数十分子の オイル分子しか残らなく、部分的に金属接触が起こり、摩擦ロスや摩耗が起こるわけで、このときは オイル膜の厚さは大切になります。同時にクリアランス不足になりますと、圧縮抜けも考えられるわけです。

 実際のエンジン使用状況から言えば、中回転数になっても、最近のピストンのクリアランスが非常に狭く出来ているので、 それほど、膜厚を気にすることもなく、オイルの粘度もどんどん下げられてゆくようになってきました。
けれども、エンジン内部の摺動部の金属の性能が良くなり、表面加工精度が増しても、
高回転域では油膜保持が難しく、 油膜切れの可能性は残っています。

 そのためもあり、最近のオイルは150度cでの高温・高剪断(HTHS)粘度の規格を クリアーする必要があります。
使用目的にぴったりした中低速・中低油温での燃費を良くするには、 低温時の粘度を低くしておくためにも 高粘度指数(粘度が高い訳でなく、粘度が油温上昇によって変化が少ない=高温でも粘度が保持しやすい) のオイルが得られるようなベースオイルやポリマーが必要と言うことになります。

気密性が良くなり、ラインの細くなったエンジンに高粘度のオイルを使用すると、 極低温時にオイルポンプで汲み上げる時にオイルの粘度のせいで、 オイルが切れて、充分な潤滑が出来ないことが起こります。いわばドライスタート状態です。
こういったことが起こると、各部が摩耗し、クリアランスも広がってゆきますので、
低温時の「w」の数値や、ポンピング出来る最低温度に気を付ける必要があります。

 また、クリアランスが広く設計されているエンジンに低粘度オイルを使用しますと、 密閉作用が確保できなかったり、オイル上がりとなりオイル消費が増えるばかりか 燃焼室にデポジットが着きノッキングの原因になったり、不完全燃焼になる可能性があります。

こういったことは、ピストンリングの大きさ(高さ、幅、直径)、張力、ライナーとの接触部の形状(バレル・ストレート・テーパなど)、その他ピストン溝との関係などで経験的に研究されています。
特に最近は、オイルの消費量の低減と燃費向上に対しての要請が大きく、
低張力、耐摩耗性を中心に研究がされているようです。
 

動粘度が「2.6cP以上」ないとピストンの焼き付きが起こる可能性があると言われています。 そこで、この2.6cPなる数値がどれぐらいの厚みを持ったオイルなのか調べてゆきますと、 結構複雑なのです。

 1600ccでのPAO(と思われる:100度cで動粘度10nm2/s、粘度指数150) での状態は

上記参考文献トライボロジストVol.43/No7.1998:出典:三田修三・稲垣英人・冬頭孝之・野田卓;第13回内燃機関シンポジウム講演論文集(1996)193.

と言うグラフになります。

 数ミクロンから40ミクロンまでの変化があり、2つの金属の表面の粗さに由来する凸凹があっても
一般に摩擦が発生する意味合いの接触は100nm(0.1ミクロン−注2.)以下になると思われ、大体の様相が判りつつあります。
ですから、数ミクロン以下の金属表面に付着するFM剤も摩耗の減少に役立つ場があるわけです。
 
 

注2.1nm(ナノメートル)の幅は、1mの1/1000が1mm、その1/1000が1ミクロン、 その1/1000になり、1nmに金(Au)の原子が4個入る幅になります。

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